大佛次郎氏といえば日本文壇界の重鎮であり、
その著作は“天皇の世紀”に代表されるような
硬質な長編・大作ばかりという先入観から、
いままで拝読することは殆どなかった。
数十年前に“赤穂浪士”を拝読したのが唯一の例外であったろうか。
それが先日、野村萬斎主演の NHK の TV ドラマ“鞍馬天狗”を拝見し、
その原作が大佛次郎氏と知って、本書を紐解くことにした次第。
巻末の『解説』等に拠ると、本作品の初出誌は講談社の『少年倶楽部』
昭和2年(= 1,927年)3月号から翌年の5月号とのこと。
当時の旧仮名使いを現代風に改めたこともあるだろうが、
極めて読み易かったのは、やはり著者の力量であろう。
ストーリーはある意味単純な勧善懲悪ものであるが、
よもや大作家の大佛次郎氏が、本作のような少年向きの冒険譚まで
手がけていらっしゃった事に驚いた。
しかも、少年向きの小説だからと言って手抜きはなく、
骨太な作品に仕上がっているのは流石である。
特にキャラクターの造形が良い。
ヒーローである『鞍馬天狗』は元より、彼を支援する『西郷隆盛』、
そして彼らと対峙する新撰組の『近藤勇』。
勤王・佐幕と立場は異なるものの、いずれもが漢であり、武士であった。
そして敵役の一味に謎の妖婦『暗闇のお兼』が絡んで、ストーリーに華を添え ...
となれば、これは面白くない筈がなかろうと断言して差し支えない。
古い作品ではあるが、盛夏の頃の一服の清涼剤として楽しませて頂いた。
大佛次郎氏が大作家であることは間違いないが、
だからといって毛嫌いすることもない事が学べたのも収穫であった。
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