Bookshelf TOP MENU に戻る
Bookshelf '11年 TOPPAGE に戻る

### Recent UPDATE ###
### 15.Dec.2,011 ###


REVIEW 11-004へ REVIEW 11-005 REVIEW 11-006へ

神の火を制御せよ
原爆をつくった人々
パール・バック 径書房

米国女流作家として、初めてノーベル文学賞を受賞したパール・バック女史の
著作を拝読するのは、25年ほど昔に『大地』を読破して以来である。

本書は、太平洋戦争時、米国が持てる科学技術、人員、資材の全てを動員して実施した
熱核兵器開発計画、いわゆる『マンハッタン計画』に材を得て著された歴史小説である。

作中における核分裂、臨界を経て継続的な連鎖反応が持続、
遂には爆発に至るメカニズムの解説は、平易な文章で表現されてはいるが精緻で、
とても1,959年に発表された作品とは思えない。
ちなみに著者は1,892年のお生まれだそうで、そこから逆算するに、
本書が発表された当時、著者は60代後半となる。
著者の探究心の深さには敬服を禁じえない。

作中には著名な政治家、科学者、軍人らが実名、仮名で多数登場する。
彼らの殆どには実在のモデルが存在し、『マンハッタン計画』に直接携わった
人物に対しては仮名表記されているようである。
だが、作中の『マンハッタン計画』の中枢に居ながら、
現実には存在しなかった女性科学者が一人、描かれている。
彼女こそ本作品のヒロイン、ジェーン・アールである。
巻末の解説に拠れば、実は彼女にもユダヤ系オーストリア人の
原子物理学者リーゼ・マイトナー女史という立派なモデルが存在するようだが、
マイトナー女史が『マンハッタン計画』に関与した事実は無い。
解説氏らが指摘するとおり、このジェーン・アール女史こそ
作者であるパール・バック女史の分身であろう。

本作品は、パール・バック女史の視点から俯瞰した『マンハッタン計画』の顛末記と
考えることもできるのだが、それにしてもやや中途半端と言うか、物足りない印象であった。
ナチスの迫害を恐れて連合国に亡命してきた欧州の科学者が、
ナチスによる核兵器開発の危険性を米国に訴える。
米国はナチスに先んじて核兵器を開発せんとし、『マンハッタン計画』を発動。
努力の甲斐あって核爆弾の開発には成功するものの、既にナチス・ドイツは降伏寸前。
欧州戦線向けに開発したものの、使いどころを無くした核爆弾は、
太平洋戦線に投入されることになってしまう。 継戦能力を喪失寸前の日本に対してである。
『マンハッタン計画』開始当初、原子力の兵器使用に逡巡を見せた科学者たちも、
長引く戦時体制の下では良心も鈍磨するのか、核爆弾開発に疑問を抱かなくなってゆく。
『一日でも早く戦争を終わらす為なら』と。

ニューメキシコ州ロスアラモスのグラウンド・ゼロ地点における核爆弾実験以降、
広島、長崎に投下された核爆弾がもたらした惨禍、特に核の火球に焼かれ、
致死量の放射線を浴びせられて殺されていった、数十万に及ぶ日本の非戦闘員
(老若男女、中には胎児さえいたことだろう)に対し、
『マンハッタン計画』を推進した側がどのように感じたか、
本書では殆ど触れられていないのが極めて残念である。
歴史小説の体裁をとっている以上、核爆弾の実戦使用という結末を変えるわけにはいかないが、
その結果生じたであろう葛藤をさらりと流された感は否めないし、それでは片手落ちだと感じるのは、
実戦で唯一、核爆弾を落とされた日本人特有の被害者意識の発露であろうか。
太平洋戦争終戦から14年後、朝鮮戦争の停戦からわずか6年後に発表された作品となれば、
時間的に微妙過ぎるテーマではあったかも知れないが、幼少期を中国で過ごし、
日本にも造詣の深かった作者であればこそ、もう一歩踏み込んで頂きたかったと思う。
あるいは、『マンハッタン計画』を推進した側に沈黙を守らせたことにより、
核兵器を行使した側の無責任さ、驕慢さを炙り出そうとした意図があったのかも知れないが。

本作品の原題 “Command the Morning / 暁を制す” は、巻末の『解説』に拠ると、
旧約聖書 「ヨブ記」 38章 1〜12節からの引用であるらしい。
ここで云う『暁』とはつまり、原子力による新エネルギーであり、
日章旗を掲げる日本帝国軍をも指すのではないか?
... というのが、『解説氏』の見解である。
『暁』が、『日本帝国軍』を指すとは少々穿ち過ぎであるとは思うが、
『原子力』や『核兵器』を指すのは当然として、
太平洋戦争後の『東西冷戦体制』をも指すと考えるのも、やはり穿ち過ぎであろうか。

少々喰い足りなさを感じる部分はあるものの、現在のところ実戦で核攻撃を喰らった
唯一の被爆国の住人である日本人にこそ読んで頂きたい傑作である。
READING PESOGIN
## 翻訳も巧みで読み易い。
## 日本人の必読書のひとつ、
## とは褒め過ぎであろうか ... ?

REVIEW 11-003 へ REVIEW 11-005 REVIEW 11-005 へ

Bookshelf '11年 TOPPAGE に戻る
Bookshelf TOP MENU に戻る