著者の佐貫亦男氏が亡くなられてから何年が過ぎたことだろう。
航空雑誌等に積極的に寄稿されていたので、御名前だけは良く存じ上げていた。
本書は1,998年の発行なので、著者の没後(1,997年没)の文庫化だったようだ。
エスプリの薫る独特の文体は健在で、懐かしい。
本書は、ライト兄弟の初飛行以降の『航空95年』(発行当時)を、
設計者の発想を想像しながら、時代を代表する機体を通して俯瞰するエッセイ集。
写真の掲載が少ないため、機体のスタイルのイメージが掴み難いのが難点ではあるが、
着眼点が斬新で、楽しめた。
特に、ライト兄弟のくだりは、従来の偉人伝を覆すような内容である。
人類初の動力飛行を成し遂げた兄弟の偉業は認めつつ、
その負の部分にもスポットを当てた作品は少ないのではないだろうか。
要約すると、兄弟は、自ら発明した飛行機を特許で守ろうとし過ぎたあまり、
アメリカ国内では同業者が育たず、返ってアメリカでは航空工業が停滞する結果を招いた、
ということだ。 しかもライト兄弟の兄ウィルバーは、特許保全の法廷係争の心労が祟って
病死するに至るのだ。 拝金的な兄弟の露骨な姿勢はかなりの反感を買ったらしい。
兄弟はヨーロッパでも不人気であったらしく、その様子は『空飛ぶ男 サントス・デュモン』
(ナンシー・ウインターズ著、草思社刊)にも少し触れられている。
偉業を成せば偉人にはなれるが、聖人には成れないということだろう。
人類への福音である航空機を、ライト兄弟が特許でがんじがらめにしなければ、
アメリカ航空工業の在り様はどう変わっていただろうか。
歴史に『if』は禁物と云うが、つい想像したくなる。
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